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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)5034号 判決 1957年2月27日

原告 宮田清吉

被告 松坂哲明

主文

被告は原告に対し金四万二千八百九十七円及び内金四万円に対する昭和二十八年六月二十三日以降、残金二千八百九十七円に対する昭和三十年一月二十七日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告、その余を原告の各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金五万九千八百九十七円及び内金一万七千円に対する昭和二十一年四月一日以降その完済に至るまで金百円につき一日金一銭の割合、内金四万円に対する昭和二十二年十月六日以降、内金千円に対する昭和二十三年五月八日以降、残金千八百九十七円に対する昭和二十四年二月十五日以降各その完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「(一) 原告はもと訴外大洋飛行機株式会社の取締役副社長の地位にあつたが、その地位を辞任するに際し、昭和十九年十二月十二日同訴外会社との間に(1) 、同訴外会社は原告に対し退職慰労金等として金二万円を支払うこと、(2) その支払方法は即時金三千円を支払い、残金一万七千円については昭和二十年三月以降昭和二十一年二月までは一ケ月金千円宛、同年三月に金五千円をいずれも毎月末日限り支払うこと、(3) 支払延滞金に対しては金百円につき一日金一銭の割合による損害金を附加することとする退職金等支給契約を締結し、かつ同訴外会社の右債務につき即日被告よりその連帯保証を得た。ところが右訴外会社は前記約定の金三千円を支払つたのみで、残金一万七千円の支払をしないから、原告は被告に対し右連帯保証債務の履行として右残金一万七千円及びこれに対する最終期限の翌日たる昭和二十一年四月一日以降その完済に至るまで金百円につき一日金一銭の割合による約定損害金の支払を求める。

(二) 次に原告は昭和二十二年九月三十日被告に対し金四万円を弁済期同年十月五日の約定で貸与したが、被告はその弁済をしないから被告に対し右金四万円及びこれに対する期限の翌日たる同年十月六日以降その完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三) なお、原告は東京都大田区田園調布二丁目六十五番の七所在家屋番号同町二八六番の建物に附設してある井戸ポンプに修理を施しその修理費用として昭和二十三年五月八日金千円を支弁しているが、右建物についてはその所有権の帰属関係につき、かつて原被告間に争があつたけれども結局被告の所有に確定するに至つたものであるから、被告は法律上の原因なくして原告の右出捐により同額の利得を得たことに帰し、しかも被告は右の点について悪意の受益者というべきであるから、原告は被告に対し右不当利得金千円及びこれに対する昭和二十三年五月八日以降その完済に至るまで民法所定の年五分の割合による法定利息の支払を求める。

(四) また原告は昭和二十四年二月十五日前記建物の家屋税及びその延滞金合計金千八百九十七円を納付しているが、被告はそのため右税金の納付を免れ、結局法律上の原因なくして原告の出捐において同額の利得をしていることになり、しかも右の点につき被告は悪意の受益者であるから、原告は被告に対し右不当利得金千八百九十七円及びこれに対する昭和二十四年二月十五日以降その完済に至るまで民法所定の年五分の割合による法定利息の支払を求める。」

と陳述し、

被告の抗弁に対し「被告主張の調停成立の事実は認めるが、同調停条項第五項の趣旨が被告主張のとおりであることは否認する。原告が本訴において請求する退職慰労金等の残金債権金一万七千円は右調停成立の際その目的たる事項となつておらず、従つて右調停条項第五項より除外せらるべきものである。また被告が相殺の用に援用する自働債権は現に東京地方裁判所に係属中の被告より原告に対する昭和二十七年(ワ)第五九七三号損害賠償請求事件の訴訟物をなす債権であるから民事訴訟法第二百三十一条に照し被告主張の相殺は許されない。」と述べ、

立証として甲第一乃至第四号証を提出し、証人宮田幸子の証言及び原告本人尋問の結果を援用し、「乙第五号証、同第九、十号証及び同第十二号証の各成立は知らないが、爾余の同号各証の成立はいずれもこれを認める。」と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁並びに抗弁として

「(一) 請求原因(一)の事実は認める。しかしながら昭和二十二年七月十一日原被告間に成立した調停(台東簡易裁判所昭和二十二年(ユ)第台一四号家屋明渡調停事件)の調停調書第五項には『本件当事者間において名義の如何に拘らず本件調停条項以外に何等の債権債務の存在せざることを相互に確認すること』なる記載が存し、右は原被告が後日に一切紛争の禍根を残さないため、調停条項にうたつたものに限らず原被告間に存在する一切の債権債務関係を清算する趣旨において設けられたものであるから、原告主張の連帯保証債務ももとより本条項中に包含せられ、従つて、本条項の設定により被告の右連帯保証債務は消滅に帰したものである。

(二) 請求原因(二)の事実中被告が原告主張の日に原告より金四万円を借受けたことはこれを認めるが、右貸借については期限の定めはなかつたものである。

(三) 請求原因(三)、(四)の事実はこれを否認する。

(四) 仮に被告が原告に対し原告主張の各債務につきすべて責任ありとするも、被告は原告に対し現に東京地方裁判所に係属中の被告より原告に対する同庁昭和二十七年(ワ)第五九七三号損害賠償請求事件において請求中である違法訴訟の提起を原因とする損害賠償金八万円、不法占有を原因とする損害金二万七千三百七十六円、電気の不法使用を原因とする損害賠償または電気料の不当利得を原因とする金三万三千二百八十五円、電話料の不当利得を原因とする金一万二千百五十円以上合計金十五万二千八百十一円の債権を有するから本訴において同債権を以て対当額につき相殺する。」

と述べ、

立証として、乙第一乃至第十五号証を提出し、被告本人尋問の結果を援用し、「甲第一号証及び同第四号証の各成立は認めるが爾余の同号各証の成立は知らない。」と述べた。

理由

(一)  連帯保証債務の履行を求める請求について

原告主張の請求原因(一)の事実は当事者間に争がない。よつて被告の抗弁について按ずるに、昭和二十二年七月十一日台東簡易裁判所において原被告間に原告主張のような調停が成立したことは当事者間に争なく、被告本人尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、前記調停においてその第五項に「本件当事者間において名義の如何に拘らず本件調停条項以外に何等の債権債務の存在せざることを相互に確認すること」と定めた趣旨は、原被告が後日に一切紛争の禍根を残さないため、調停条項にうたつたものに限らず、従来原被告間に存在した一切の債権債務関係を清算するにあつたことを窺うに足り、証人宮田幸子の証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する供述部分はたやすく措信し難く、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。しからば被告の本件連帯保証債務も右調停条項第五項の設定により消滅に帰したものというべきであるから、この点に関する原告の請求は失当である。

(二)  貸金の請求について

原告が被告に対し昭和二十二年九月三十日金四万円を貸与したことは当事者間に争がない。原告はその期限を同年十月五日であると主張するが、これを認めるに足る証拠なく、却つて各成立に争のない乙第十三、十四号証及び被告本人尋問の結果によれば右消費貸借については期限の定めがなかつたことを認めることができる。

(三)  修理費及び税金等の不当利得金の請求について

証人宮田幸子の証言、同証言によつて各真正に成立したものと認め得る甲第二、三号証及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告がその主張の建物に附設してある井戸ポンプに修理を施し、その修理費用として昭和二十三年五月八日金千円を支弁していること、原告が昭和二十四年二月十五日右建物の家屋税及びその延滞金合計金千八百九十七円を納付していることを認めることができ、各成立に争のない乙第一乃至第四号証、同第十三、十四号証証人宮田幸子の証言及び原被告各本人尋問の結果を綜合すれば、右建物についてはその所有権の帰属関係について、かつて原被告間に争があつたが、結局被告の所有に確定するに至つたことを認めることができるから、被告は原告の前記各出捐により法律上の原因なくして同額の利得を得ているものというに妨げない。しかしながら被告が当時より悪意の受益者であるとの点についてはこれを証するに足る証拠はない。

(四)  相殺の抗弁について

被告が本訴において相殺の用に援用する自働債権が現に当庁に係属中の被告より原告に対する昭和二十七年(ワ)第五九七三号損害賠償請求事件の訴訟物をなす債権と同一債権であることは当事者間に争がない。よつて次に、かゝる債権を相殺の用に供することが訴訟法上許されるか否かについて考えてみるに、民事訴訟法第二百三十一条は裁判所に係属する事件については当事者はさらに訴を提起することを得ない旨を規定しており、学説上の通説は訴提起の語義を厳格に解し相殺抗弁の提出は訴提起に該当せずとして同法条の適用の外に置いているようであるが、そもそも同法条が同一当事者間の同一訴訟物に関する第二の訴を不適法として禁止する法意は、第二の訴が権利保護の利益を欠くこと、及び矛盾した既判力ある判決を招来することを避止するにあることはいうまでもないところ、現に裁判所に係属する訴訟の訴訟物たる債権を以て他の訴訟において相殺を主張することを許すとすれば、民事訴訟法第百九十九条第二項により相殺のため主張された債権の成立または不成立の判断は相殺を以て対抗した額について既判力を有する結果、同一債権が既判力を有する両判決において矛盾した判断を受ける可能性を生じ、また権利保護の必要を超えて不当に保護される可能性をも招来し、二重起訴の場合と全く同一の現象を顕現し、その間に敢えて逕庭を設くべき理由を見出し得ないから、「訴提起の形式概念に拘泥せず、民事訴訟法第二百三十一条を類推適用して、現に裁判所に係属する第一の訴の訴訟物である」債権を以ては第二の訴においてこれを相殺の用に供することを許さないと解するのを相当する。しからば被告の本件相殺の抗弁は失当として排斥を免れない。

(五)  結び

以上説示のとおりとすれば、原告の本訴請求中、貸金四万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日たること、本件記録に徴し明かなる昭和二十八年六月二十三日以降その完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、修理費及び税金等の不当利得金合計金二千八百九十七円及びこれに対する同金員請求の記載ある原告準備書面が被告に到達した日(爾後、被告は悪意の受益者と認められる)の翌日たること本件記録に徴して明かなる昭和三十年一月二十七日以降、その完済に至るまで民法所定の年五分の割合による法定利息の支払を求める部分は理由あることが明かであるからこれを認容すべきも、その余の請求は失当たることを免れないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏)

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